今日も生きてる

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

やっぱり私は柳家が好き


関連した話なので、もう一つ。
ここの読者ならもう知ってると思うのですけど、わたしは落語の何がすきって芸術としても勿論なのだけど、落語家間の伝統、歴史、遺伝子継承、師弟愛、疑似家族的関係っていう要素をもう本当にたまらなく愛おしく思います。


その中でも特にツボな人々が、「柳家の皆さん」!!そんで私の場合、これは立川流を入れるんですよ!正確にいうと五代目小さん系列。
小さん師匠はわたし、「小さん師匠!」っていうよりもう、愛する人々のビッグファーザーとして、心の中では「小さんパパ!!」って呼んでるくらい身近な敬愛を感じてます。小さん師匠の包み込まれるような和みオーラ、ありあまるお父さん的やさしさ、またそれを象徴するようなまるーいシルエットが大好きで、「柳家なら太っててもかわいい。小さんシルエットで最高!おなかとかほっぺとかムニムニしたい!」とさえ思える(極論)。大きなお山にまんまるお月様が登ったようですてきだお。頭のてっぺんが丸い男の子は皆坊主にするといいよ、かわいいから。


だってさ、談志家元でさえ、小さん師匠にとっては「子供」なんだよ・・家元にとっても「おやじ」なんだよ・・。小さんパパと家元は結局意地の張り合いになって仲直り出来なかったけど、小さんパパは談志門下の人々をこっそりかわいがってて、談春師匠なんて「うちの花緑をよろしくな」と言われたらしい。なける。本当はぜったい誰よりも想い合ってた(きっと良い意味でも悪い意味でも)師弟だったと思うんだ。


だから私は柳家のひとたちと立川流の人達が仲良くしてるの見るとすごいうれしい。談春志らく花緑さんが仲良しなのや、談春さんが『談春七夜』に三三さんを呼んだり、市馬・談春・三三さんが『三人集』をやるのとか・・もう本当に感情移入してしまう。うれしい。昭和歌謡好きが高じて、談志師匠が市馬さんを猫っ可愛がりしてて、同じ趣味で市馬さんと志らくさんが仲良くしてるのも素晴らしい。


8月のかわら版での市馬・談春・三三対談特集なんて「私のための企画キター!かわら版GJ!」って思ったくらい。
談春さんの発言「紀伊国屋ホールで柳家の会をやりたかったんです。五代目小さん師匠が紀伊国屋寄席をやっていた小屋で。私は柳家じゃないけど自分では柳家だと思ってる」とか、「今から十数年前、僕は先代の小さん師匠に落語を教わったことがあって、そのときの稽古の仕方がやっぱりうちの師匠にとても似てた。似てるということは、うちの師匠に小さん師匠の血が流れていて、自分のルーツをそこにみた。市馬兄さんが五代目柳家小さんの血の匂いを一番濃く感じさせてくれた。」と・か・さ!涙なしには読めないよ。


以前、初花さんと吉坊さんの若年寄の会に前座でこはるちゃんが入ってて、打ち上げで最後会計する時、吉坊さんは弟弟子吉の丞さんの分を出して、初花さんはこはるちゃんの分を出したんですよ。まあそれは後輩だから当然だよね。でも、その時初花さんが「じゃあ、柳家の分は柳家で払いますね」って言った一言に、また、な、なけるー!って思った。やっぱ立川流もたもとを分かっても柳家なんだよ・・。私はそう思ってる。こはるちゃんは最近市馬さんの前座もやってました*1。これは主催者の方がこはるちゃんを気に入っていらっしゃって、他流派の噺家さんがメインでも毎回こはるちゃんを前座に使って下さってるから、たまたまなんですけど、世代を超えて繋がっててくれてる感じがしてうれしい・・。


こんな私だから、話また戻ってまたまたまたしつこいけど、志らく-談春一門間の伯父・叔父・従兄弟のやりとりもメチャメチャ愛があってときめく。こはるちゃんが志らく一門でも前座として使われてたり、らく次さんが談春一門の準弟子みたいだったり。昇進記念の会を紀伊国屋でやりたかったのも、市馬・談春・三三さん達と同じ理由で、小さん師匠が、そして談志師匠が、紀伊国屋を使ってたからだと思うよ。


そんなわけで、落語家さんたちの中でも、柳家の人々、また軽やかさやあたたかみを大事にする「柳家らしさ」というものに、私はとても愛着があります。『道灌』が巧い柳家っこを見るとうれしい(生ねんくんとかこはるちゃんとか)。


落語ファン倶楽部VOL.3の『若手オールナイト討論・オレたち国宝一門』と題された、孫弟子代表・柳家喬太郎×直弟子代表・柳亭市馬×預かり弟子代表・柳家さん生さん等の対談もすごい良かった・・:

喬太郎「大晦日の前日に目白*2に大掃除の手伝いに行くと直弟子の皆さんがそろってるでしょ。そのとき“すげえ、小さん一門なんだ、ああ、柳家でよかった”って、ひしひしと感じるんですよ」
さん生「あたしは、おかみさんが亡くなったとき柳家はすごいって思いましたもん。まだ、家元もいて、お葬式の仕切りが見事で・・・」

喬太郎「『猫久』は柳家のなかの大事な噺だと思うし、目白*3の噺のなかでは『猫の災難』とか『碁どろ』を一生かけてやっていきたいなと」
さん生「俺は『一人酒盛り』だな」
(中略)
喬太郎「でも、これから習うとしたら、他の師匠になるわけですけど。」
市馬「僕が教えてあげる。でもその前に(三波春夫の)『チャンチキおけさ』だな」

ピギャーー萌える!柳家萠えー!
ほかにも、どこで読んだか忘れたけど、喬太郎さんが「(さん喬一門だけじゃなくて)権太楼一門もうちの弟弟子みたいなものだから」って権太楼一門の誰かさんに言ってたりして、そういう逸話にはめっちゃ弱いです。


現在、柳家の亭号を名乗る人々、そしてもちろん柳亭も、鈴々舎も、入船亭も、立川も、元をたどれば五代目柳家小さんという大樹からの枝分かれ。五代目柳家小さん万歳。五代目柳家小さんは神様でありでっかいパパ。ちなみに私の中では桂文生師匠も、預かり弟子だけど芸風が柳家っぽいのでイン。川柳師匠は、ご本人が一番心に決めた師匠は今でも圓生師匠だと思うので、心の中では圓生一門です。

*1:武蔵小山のたっぷり市馬の会

*2:小さん師匠宅

*3:=小さん師匠