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文化系トークラジオ11月30日「第2ロスジェネ?〜新・就職氷河期の生き方」part6(外伝1)を聞いての小ネタ


うわ!これ書いたのこの配信聞く前(12月6日)だったのに、この12月8日配信分での柳瀬博一さんの発言とかぶってて超シンクロニシティーを感じた(勝手に)。


私が書いたメモ:

落語でも他のメディアでもそうだと思うんですが、「お客様に合わせるのが第一」っていうのはある意味ではより一段上のニーズを無視する危険性ってのがあって、それは内容を下げずに構造的な間口を下げつつお客様のことも教育するっていう意識がないといけないと思うんですよ(映画の和訳字幕の悲惨なレベルの低さとかイカンと思う)。あと、よく、「最近のお客はこらえ性がなくなってる」ていう言説があるけど、それってメディア・芸能供給側にも言える事なんじゃないかなぁ。潜在的お客様を育て、潜在的お客様に楽しい思いをさせることで、半年先、1年後、5年後、10年後、「ロイヤルなファン」になってくれる人を待つこらえ性が今の供給側にも無くなってるんじゃないのかな。
関連:音楽はだれのために鳴りひびきゃいいの - 今日も生きてる


理論武装された主張ではなくって、現時点でも「ぐむむ...」と考え中の思考記録として - 今日も生きてるの現時点で最末尾にある追記部分より

Part6の発言まとめ:

○最近の若者は「たるんでいる」のか?
・「ゆとり世代」をキッザニアに(リスナー)
・「格差」は本人たちのせい?(リスナー)
・「だらしなくなっている」のは若者だけではない(斉藤)
・全世代から出てくる「モンスター○○」(斉藤)
・「こらえ性がない」という時代風潮(柳瀬)
→一番こらえ性が無いのは首相(柳瀬)
・「お客様」意識がはびこる時代(柳瀬)
・「ありがとうを集めよう」の真意(柳瀬)
11月30日「第2ロスジェネ?~新・就職氷河期の生き方」part6(外伝1) (文化系トークラジオ Life)

でもここで書いたことの精神的元ネタを更にたどると、『雑誌』の回(文化系トークラジオ Life: 2008/05/11「雑誌」(藤井大輔ほか) アーカイブ)で、R25のバックにある、「記事を超短文にすることで間口を下げて、利用者の知的好奇心需要を開拓していこうという思想と具体的な戦略」を聞いて感動したということを踏まえています。