今日も生きてる

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日記のある人生は過去からの発見にあふれている/天体観測としてのインターネット


最近mixiが日記内検索機能をそなえてくれたので、自分の過去ログ読み直すのがたのしくてしょうがない。しかも、書いたことを結構憶えてないんですね。はてなに書いた事はわりとおぼえてるんですけど。


認知心理学風にいったら、日記が<カテゴリ>という意味的な目次によって記憶されているから、憶えやすいのかも。逆にmixiの目次は<日付>という数字で分かれているので、数字に弱い私には憶えにくい。日記に書かなかったことはそれこそ、情けないくらい忘れていっちゃうしね。


それで、憶えてない過去日記読むと、自分のことなのに、「こんな事考えてたっけ」とか、友達の発言でメモれ!コピれ!級のすてきなものがあったりとか、色々面白い。前日日記みたいに、再考察を加えて書き直したいものは、積極的に転載していきたい。アーカイビズム!*1。日記のある人生は過去からの発見にあふれている。回顧大好き上等です。「過去ログ宣伝厨自重!」だなんて気にしない!


だってこれ見てよ!
これは昔手書きで書いてた日記のスキャンだけど、これだけ人は成長するってこと、日記書いてないとわからないよ!
15歳

読解する気すら起こらない...アホ。ジョゼット→『ワンダープロジェクトJ2』、総トク→総督、くらもち→倉持陽一です。


16歳

いきなり大人ーー!でも相変わらず字は汚い。
ものすっごい年上の人に、いわゆる「はつこい」ってやつをしてたんで・・急激背伸びちゃん。だから大切な今というのは・・その人との思い出です。乙女だね・・。


字が余りに汚くて恥ずかしい!名誉挽回のため、ちょっと脱線だけど、最近書いた当たり触りのないお礼状*2の一部もちらっと載せとくね..「はてな筆跡出し」、または「はてな手紙出し」。大人になったしょ。25歳だもん。


話は戻って、

九十九式: 自分の過去ログは、神から与えられた福音だ
「久しぶりに自分で過去ログを開いてみたりすると、面白いのだ、これがまた。出来不出来があってもまた良し。」
「『自分の過去を読む』という行為は、日記書きにのみ与えられた神からの贈り物、この世で一番贅沢なる至福のときだと思っている。」

この言葉にまったく共感。ネットで書いてると読み手がいるから、やっぱり手書きで書いてるのとは全然質が変わってくるし。


また、誰か気になる人と出会ったとき、そのひとがインターネット上にログを残している人なら、自分と出会う前の彼や彼女についても知る事が出来る。誰かの足跡や面影を求めて検索やらリンクを辿ったりしてるとき、「求めよ、さらば与えられん。門を叩け、さらば開かれん」という言葉を思い出します。センチメンタルジャーニーです・・。


記録が残るのは良くも悪くもだけど、それが悪用されたり、人に迷惑をかける結果にならなければ、なんかもう本当に奇跡っていうか・・そういうものに出会えたりするから...真剣に、インターネットよ、ありがとう。過去の某さんありがとう、って思う。


インターネットって、天体観測をしているようなイメージ。
わたしが思う人間関係は、村上春樹の『スプートニクの恋人』に出てくる衛星軌道の比喩に似ています。「わたし」や「あなた」という天体は、色んな軌道を描いて宇宙空間を漂っている。真っ暗の宇宙の中で、根本的に「わたしたち」はみなそれぞれに孤独で、断絶されている。それはきっと一生変わらず、人類は補完されないのです。


だけど、時たま軌道が近づいて、誰かをまぶしく眺めたり、手を振ったり、何かを伝えあう事ならできる。触れ合うことだって出来る。そこには光りがあり、熱や温もりが確かにあるのです。


インターネットに残っているのは、そんな人々の天体観測記録。天体観測だから、記録されたものだから、時間や空間がたとえ離れていても、すこしだけその人を知ることができる。たとえ肉眼で、リアルタイムで見られなくても、その記録の中にある誰かの輝きを見つけて、ゆっくり眺めることができる。


私はmixiや「はてな」を始める前にも極私的なテキストサイト*3をやってて、この日記以上に思春期爆発なので恥ずかしくもあるのだけど、やっぱりいとおしくて・・更新してなくても絶対閉鎖はしたくないです。こういう風にリンクを晒すか晒さないかはその時の気分次第だけど・・。
ブログやmixiが一般的になる前、アメリカに行ってからのわたしと友人を繋ぐ大事な場所であったし、ネットで日記を書き始める前の大切な記録でもある。


しかもね、2001年に始めて、更新されなくなった今になっても、年に1回くらい知らない人からファンレターきたりする。たった数人だって、縁もゆかりもない人の心を、私にメール書くほどまでに動かしたってすごいじゃないですか。素直に超うれしい。それだけでも「わたしの恥ずかしさ」<「存在価値」なんです。わたし自身、好きなサイトや日記が閉鎖されたり、大規模な過去ログ消しがあると、本気で悲しいしね。

大事なのは、
山脈や、人や、染色工場や、
セミ時雨などからなる外の世界と、
きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、
一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の
呼応と調和をはかることだ。
たとえば星を見るとかして。



星を正しく見るのはむずかしいが、
上手になればそれだけの効果があがるだろう。
星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれど。


中公文庫 池澤夏樹「スティル・ライフ」p9−10

ISBN:4122018595

*1:真心ブラザーズ

*2:手書きの手紙も可能な限り、下書きかコピーを残します

*3:STILLLIFE