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高座中にメモをとること、ネットに感想を書くことへの態度<マジ長文>


こんなの書くつもりじゃなかったのに、普通に8月行った落語会で感想書きもれてるの更新しようとして日記書いてたらぜんっぜん違う話になってしまった。バカ長いです。タイトル通り、高座中にメモをとること、ネットに感想を書くことへの基本方針まとめ。

  • メモとりを嫌がる落語家さんもいると思うし、それで落語に集中出来なくなったら本末転倒なので、最近は演題くらいしかメモらなくなりました。落語聞き始めの頃はネットで感想書くため以外にも、初めて聞く落語ばかりだったので、帰ってから分からなかった言葉とか演題調べたりする為にもメモをかなり詳しくとっていた。初めてだと、当然記憶することがそれだけ多いから、どこが面白かったとか細部を憶えていられなかったし。今は演題分からないってことがほとんどないのでこの理由による必要性もあまりない(成長)。
  • あと、単純に、「記録すること...それはオタクの止められないサガ!」という理由と、落語ファンになってから「プロの落語ファン」*1堀井憲一郎さんを好きになって、それで私もやたら記録をし始めた(影響受けやすい子)・・私も日本で大学生だったら堀井さんとこでバイトしたかったよ・・なんなら就職出来ませんか、出来ませんか・・。
  • 去年観た落語データはこの日記以外でもエクセルに記録してあったんだけど、長文感想書きと合わせると、「これどんな内職?」というくらいの甚大な労力がかかるので、最近はサボってます(本気でやったら週20時間労働はカタい)。あと0.1点刻みで1.0〜5.0点の評価もつけてたんだけど、もうつけてない。エクセルつけてないと[落語総括]日記も書かなくなったし。でもまあ人と演目ははてなに記録してあるから、その二項目さえ分かれば面白度くらいは思い出せるので、評価つけてない分を今から全部記憶で書く事も出来ると思うけど、それを始めたら一体何十時間かかるのか・・・しかも書いた所で大して誰も得しないし・・。


ネットに感想書くこと自体も長所短所思う所はある。
いいところ:

  • 好きな人のいい所を他の落語好き/または落語に興味を持ち始めている人に紹介できたり、自分も人の感想を読んで誰かに興味を持ったり、相乗効果で盛り上がったり、新たな交流が生まれたりする。それは好きな噺家さんにとってもプラスになる。
  • 自分の記録になる。かつ検索出来るので過去の記録を参照しやすい。
  • 落語ファンブログを読む落語家さんだったらアンケートに書かなかったことも伝えられる(少なくとも私にとって、アンケートを迅速に終演後書くのはほとんど不可能に近い)。
  • 落語ファンという種類の人達のネット普及率、それもブログやサイトを書くという形でネットに参加している人はまだまだ他の分野のファンに比べて少ない/感想・レポートなどが載る公共紙メディアも少ない。


「落語会のレポート」というものが「公共的にアクセス出来る記録」として残る絶対数は非常に少ないわけで、下手したら会場に10人だかしかいない中で、レポートをどこかに残す人がいなかったら、その会のことは当然、その場にいた人にしか共有されない。

そして「そういう方が美しい」「感想なんて野暮だぜ」と思う人の気持ちも分かるのだけど、それ以上に、私は「それってさみしいな。勿体ないな」と思う気持ちが強い。単純に、この世に、誰もがアクセスできる場所に、色んな場所で、色んな時の自分の好きな人に、記録だけでも触れられたらいいな、と思う。それで私以外の誰かにも、そういう瞬間がすこしでも増えたらいいなと思う。たとえ「好きな人がスベってた会」とかだったとしても、だめな所だって見守りたいし、成長だって見て行きたい。

  • 最後ちょっとスピリチュアルな理由になっちゃいますが...私は言霊みたいなものをわりと信じていて、「○○を好き!」っていったり、「○○さんのここが素晴らしい」て言ったり、「○○さんの○○がうまくいくといいな」とか、「○○さんがどうこうしてうれしい」とか書いたりすること、必ずしも当人に伝わらなくても、「好意を言葉にして表明する」ってことは、誰かのために祈るような・・*2.というか、この世界の何か見えない大きな動きの中で、けして無駄な事じゃない、と思うんだよね。「そこに熱が生まれれば、隔てるものは何で有れ、やがて誰かに伝わる事がある、そうして広がって行って、大きな動きになったりもする。そういう事だと思います。」と前に違う話題で書いたみたいに。ご縁とか因果とかきっとあるはず。
  • 単に、落語という事じゃなくても、私だったら、誰かが好きなものや人についてうれしそうに語ってると幸せな気持ちになる。もちろん、片想いだけじゃなくて、落語家同士のイイ話とか、落語家と落語ファンのイイ話とか、色恋以外も含めて「両思いの幸福なコミュニケーション」を見るのも微笑ましくてうれしくなる。それでこういう気持ちは私以外の人だって思ってることだろうから、好きなことを好き好きいってる日記があっても別にいいじゃろと思う。
  • それに「新しい交流」ともかぶるんだけど、とにかく「好き」エネルギーを世界に放出していると、絶対いいことがあると思う。たとえば同好の人と知り合う。その上、自分がその人に何かしたわけでなくても「私が何かを好き」という態度だけで好いてもらえたり、「好きなもの」に関して何かとよしなにしてもらえる。「好きなものを好き」と言い続けているだけで、旧知の友達からも「これ好きなんだよね」なんつって何かもらっちゃったりする。「今度連れてって」とか「興味持つようになったよ」とかいわれたりする。ネットの落語感想書きに好意的な落語家さんだったら、本人にもほめてもらえたりする。直接面と向かっては照れていえないような、愛の告白もできる(ここでも一応照れるけど...)。私もそういった人々の気持ちにお返しをする。ザッツコミュニケーション。ザッツフォースインナサークル。メイザフォースビーウィズユー*3。ピースな愛のバイブス*4が広がるってやつじゃないですか。愛し愛されて生きるのさ*5、じゃないですか。


わるいところ:

  • 「書いてあることに一喜一憂するのが嫌」という落語家さんの気持ちもわかる。こういう方には「すみません...読まないで下さい...」としか言えない。基本的に、「どんなに嫌いな噺家さんでも悪意をもった言葉は書かない」とは決めている。だが、もちろん、どんな言葉で人が傷つくかはその人次第なので、自分の発言に対して「覚悟」は出来ても、「具体的な責任」はとりかねる...。そして、嫌いだったりどうでもいい落語家さんとはち合わせた会の感想は書く事がなくて困るわけだが・・そのへんはテケトーにごまかす。この日記は「好きな人へのラブレター」が基本だから。好きな人に対して、「こういう所は好きじゃない」と誠意を持って部分的批判を表明するのは、愛ゆえの行動なのでアリにしている。
  • ネタバレ問題。噺の内容やオチは「珍しい噺なのでネットに残すことに資料的価値がある」とか、話題の展開上あらすじやセリフの一部を記すのが適切な場合以外、なるべく書かない様にしている。マクラとか貴重なエピソード系は、これも噺家さんのネタのひとつとは分かってるけど、その人の立場が危険な楽屋ネタとかは別として、その会場にいる人だけしか聞けないのは勿体ないーーー・・・というようなイイ話は書いてしまうこともある。
  • たとえば私より後にその人の事を好きになった落語ファンの人が、そいういう話を後からでも探して読めたらうれしいだろうし、たまたま会場に行けなかった人も同上だろうし、長い目でみると資料的価値もあるだろうし、そして、そこまでのイイ話を出来る噺家さんなら、内容を知ってても「生で聞いた方がいい」と思えるだろうと信用しているから。二回以上同じ話を高座でして、二回目以上の客につまらないと思わせるなら、それは演者側の責任じゃないかな...そこはプロの落語家なんだし。あと、いわゆる「笑い」の面白エピソードだけじゃなくて、小三治師匠のこの言葉みたいに人生級に名言、みたいのはもちろん積極的にほかの落語ファンの皆さんと共有したいので書きます。


基本的に、私の利益-読者の利益-落語家さんの利益を、秤にかけて、なるべく誠意を持ってのぞんでいるつもり・・。諸々の理由で感想書きにくい会でもまったく記録を残さなかったりするのは上記「いいところ」の理由で忍びないし、自分の生活が破綻するほど日記書きに労力をかけるのも本末転倒だし、長文=いい感想ってわけでもなく・・。まあ、色々そのような事がせめぎあいつつ書いてます。そこまでストイックにならんでもいいとは思うけれど、オレあいつのこと好きだから...本気なんだぜ...(イメージロケ地:湘南)

*1:これこそ本当に本物!!

*2:ここで声をそろえて「そんな気にもなるかな、 なんて考えたりするけど・・」と続けてくれる人がすきです。

*3:それはスターウォーズ

*4:ここへきて窪塚洋介

*5:しつこくオザケン