今日も生きてる

両国寄席“両国夏まつり・中日”+特集:『青菜』について考える


平成18年7月12日 於:お江戸両国亭

ーお番組ー
三遊亭橘也 『つる』
三遊亭好二郎 『寄合酒』
立川志ら乃 『粗忽長屋
柳亭市馬 『青菜』
<お仲入り>
三遊亭五九楽 『船徳
古今亭菊朗 『水屋の富』

志ら乃さんの次に市馬さんが出てくる、という事だけでも、物珍しさに「うわーーすごい」と惚けられてドキがムネムネ。出囃子聞いた瞬間に「ああ、来て良かった・・」と思えるわたくしは幸せです。


・今日の一番は文句無しに市馬さんの『青菜』。『青菜』は季節柄何席かすでに聞いていて、それぞれ噺家さんによって解釈や見せ場が違い、それぞれに良さがあるのだけども、今現在一番「好き」といえるのは市馬さんかも。


志らくさんの『青菜』は普通の人々の日常がちょっとした事でずれていく喜劇で、ただバカバカしいというより、シュールさというか、鈍く光る毒っぽいおかしみが漂っていて、クセのあるB級映画のよう。お天道様の下のカラッとした暑さよりも、夫妻の狂気を表象するがごとく、押し入れの中に篭るドロドロした暑気、お屋敷への憧れでネジが飛んだ植木屋夫妻が笑い所なので、お屋敷のシーンよりも夫妻のシーンの方が印象深い。


特に押し入れから飛び出してくるお上さんのコワオカシサは強烈で忘れられない。高座写真撮ったら心霊写真みたいに写っちゃいそうなくらい、髪は乱れ、汗みどろで、ぜえぜえ荒い息をつくお上さんが目に焼き付くようでした。お屋敷の旦那と植木屋、植木屋と妻、植木屋と半ちゃん、どんどんずれていく会話がたまらなくオカシイ。これでもかというくすぐりで、まず笑いありきを徹底してるのが志らくさんらしい。笑える『青菜』、という意味ではダントツ。


・初花さんの『青菜』で良かったのは、夫婦の微笑ましい関係が感じられた事と植木屋の無邪気な<子供大人>っぷり。植木屋さんの心の中の<少三男子>が「お屋敷ってカッケーーー!」と煽られて、にわか仕込みで真似事をする様が可愛らしく、普段は気が強くてしっかり者なのに勢いで旦那に乗せられてるお上さんがまた愛おしい。


たわいのない日々の戯れ、平和な日常の心地よさ、ほのぼのとした夏の一風景に何とも和める。<爆笑>ではなくても、このやさしさはかなり好き。正直、志らくさんの時点では、どんなに笑えても、この噺の内容自体には愛着を持てなかった。でも初花さんのを聞いてからは登場人物と物語性を愛せるようになりました。


・そして市馬さんの『青菜』はどこが凄かったかというと、情景描写が胸に染み入る夏の声、じゃなかった、もうこれが圧倒的に美しいのです。もう美しすぎて、美しすぎて、その美しさに打たれることが幸福すぎて、『青菜』なのに涙腺さえゆるみそうになりました。


上の二席とはうって変わって、市馬さんの『青菜』はお屋敷のシーンの方が印象的。たとえば志らくさんだと意図的にお屋敷の人々があまり好ましくなく、植木屋とも水面下でギスギスした階級格差が感じられる演出でしたが、市馬さんの旦那様と奥様は「いやらしくない上流階級の人々」で、鷹揚で上品な好々爺&婆なのです。


植木屋とのやりとりも、まるで古き良き日本映画の縁側風景のような、素朴で朗らかな空気が流れていました。お日様に乾かされた汗の匂い、火照った体の温度、柳陰と氷の冷たさだけじゃない。たとえ説明ゼリフがなかろうと、そこでは絶対、涼しげにゆらぐ風鈴の音が聞こえ、たなびくすだれの竹の香りや、濡れた木々の青々しい匂いが漂っているのです。


落語にはあまり出て来ない種類の登場人物な事も手伝って、いわゆる精神性のないタダの金持ちではなく、品を伴った高貴な人をちゃんと出来る噺家さんてそう多くないと思いますが、その点で市馬さんの旦那様は見事でした。手先の仕草ひとつとっても、こんなに扇をあおぐ形がいい人は見た事ありません。嗚呼、おうつくしや・・。またこの扇を煽ぐ仕草は、後半植木屋が真似するとヘッタクソ、という笑いの伏線にもなっています。


お屋敷シーンがそんななので、貧乏長屋とのギャップがまた浮き立っていて面白いのですが、けして悲哀はなく、庶民の活力というか、まあ貧しくてもこんな馬鹿なお遊びでもして楽しく生きましょうやという、カラっとした明るさを感じられます。植木屋とお上さんのやり取りにしても、二人がケチ付け合いながらも夫婦漫才を楽しんでいるようで見ていて気持ちがいいし、落語の胆たる間と口調がとにかく絶妙。他の人では笑えないかもしれない、大したことないセリフでも、口調が違えばこんなに違うか、ってくらい絶妙にツボを押してくる。


噺を聞いている間中、押し寄せる幸福感でずっとニコニコ微笑みっぱなしでした。
そして今回のお気に入りフレーズは「下に氷がしいてある?アザラシみてえな野郎だ。」


・それではチーム志らく派お待ちかね?!今日のマイベスト二位はもちろん我らが志ら乃さんですよ。市馬さんとタイプは違えど、この人の基本的なリズムとメロディーに惚れ込んでいるという点で、私にとってはどんなネタでも外れ無しになってきました。


逆に言えば、他と比べればゆうゆう80点以上なのだけど、ここ最近聞いた志ら乃さんの他のネタのホームラン率が高すぎるので*1、マイベスト志ら乃と比べると今日は70点かな・・・と、自分でも贔屓してるのか厳しいのか複雑です。これが初めて聞いたネタだったら十分感心するけど、他の十八番と比べると「もう一捻り!」とつい期待してしまいます。


ナンセンスな設定のこの噺、どれが真実という事は無いのですが、熊五郎・八五郎・野次馬の話を聞いていると、「ひょっとしたら、この先はこういう展開もアリかも」と、何が理屈か分からなくなってくる、志ら乃さんの説得力はさすが。探偵モノを読んでいるみたい。今までで一番続きが気になった落語かもしれない。


やっぱり行き倒れは別人だったかも知れないし、熊なのかも知れないし、だとすると熊は幽霊なのだろうか、などなど、その先の展開を考えてしまうのは十分術中にはまってる証拠ですね。この続き聞きたいなあ。聞きたいなあ。聞きたいなあ。ああ、もしかしてこの設定、新作リレー落語にぴったりじゃない?*2


ちなみに今日も志ら乃さんは下ネタが凄かった。師匠がいない会となると水を得た魚のように下ネタを言うのが楽しそうですね。最前列で乙女にあるまじき爆笑をしてしまう自分の稲中回路がニクイよ。マクラは主に学校寄席の話題でしたが*3、噺の中でも「これがほんとの『たまたま』だ」てアータ。


以上報告終わり!

*1:具体的には6月の総括など総括シリーズに書いてあります

*2:ほとんど私信

*3:『ヒステリックな女教師』『上品な生徒』『避難訓練』など